おくりみち 第2話「川」後編

兼松 真紀さんによる連載
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ほとんど無意識の領域で流れている川がある。
わたしたちは、ある時期まで、何も疑わずに同じ川を流れていく。
たとえ、乗っている船に、小さな穴があいていて、いつもいつも、染み込んでくる水を汲み出すことに必死になる毎日でも、それが毎日のことである以上、人生とはそういうものだと思うだろう。
いまの私たちの暮らしの土台には、交換という習慣がある。
労働の対価として、お金を受け取り、お金と引き換えに、暮らしに必要な物を手に入れる。
交換というのは、暮らしを便利で豊かにしてくれるものでもあるし、楽しいことでもある。人間は、余剰が生じたから交換したのではなく、交換したかったから、余剰を作るよう努力したのだとさえ言われている。
もともと、交換の本質は、コミュニケーションのプロセスにあったのだと思う。人とやりとりして、喜び合うのが嬉しかったのだ。それが、それらの喜びは、交換して得られたものがもたらす、と思うようになる。物質的なものだけでなく、「価値ある人と認められる」という心理的な充足も含めて。そして、いかに交換できるものを多くもつか、価値ある存在になるか、と、頑張りはじめる。その「価値」というのが、生きる時代によって、めくるめく変わりうる刹那なものであっても・・・。
頑張れば頑張るほど、自分も、身近な人も、豊かになっていくように見える。何も悪いことが起きているようには思えない。良くしようという思い一心、悪事を働いている気なんてさらさらない。
なんだけど。
そのような、価値交換を前提とした社会に長くいると、
「交換できるものを持っている」ということなしに、他者に、そして自分自身に、価値を認めることが難しくなってしまうのではないかと思う。
 
毎日の買い物をする度、仕事をする度、交換するものが、等価かそれ以上の価値を有するものであるかどうかの判断を、繰り返し繰り返し、練習しながら生きている。すると、何かを無条件に差し出す、ということや、無条件に受け取る、ということにさえ、違和感や居心地の悪さを感じるようになってしまうのではないか・・・。
 
 
それは、普段は意識されない深みで密かに働いているプログラム。
わたしたちは、同じ沈黙の川の上を、流れている。
近年、日本人の「自己肯定感」の低さが社会問題として取り上げられることがある。
一時は、経済大国、平和大国の名を冠したニッポンで、自殺者は毎年3万人にのぼるという。この3万人という数には、いわゆる、蒸発したり、消息不明になった人たちは含まれておらず、実際は、8万人ほどの生命が、消えていっていることになる。
わたしの目の前の日常に起こらない出来事な分、我が国のことながら、「3万人」「8万人」という数字を、なかなか、実感としてうまく咀嚼できない。
 
だけど、たしかに実感したこともある。
「自分なんて、たいした人間じゃない」
そういう虚無感。
「わたしは、何も役に立てない」
「わたしは必要とされていない」
無力感。孤独感。
その奥には、怠惰とか甘えとは、むしろ真逆の、
「わたしは、何かをして、誰かの役に立つべきだ」
という認識が、静かに横たわっている。
 
 
絶え間なく流れ続けている、川がある。
人生の困難に際したとき、簡単に折れてしまう人がいる一方で、様々な逆境にも平気で耐えうる強さを持っている人たちもいる。
英語の「レジリエンス」という言葉は、日本では、「復元力」「しなやかな強さ」等と訳されて、そうした強さを身につけられるような教育を、というようなことが言われるようになってきた。
 
そのために子どもに必要なのは、特別な教育カリキュラムでもなく、立派な論説を聴かせてくれる先生でもなく、〈プレゼンス〉な大人がいてくれること、だという。
たったいま、目の前にしっかり存在し、話を聴いてくれる人。心の微細な変化に耳を傾け、ちょっと前に寄ったり、引いたりもしながら、「そうねぇ、そうねぇ」と言ってくれる、理解ある母親・・・というよりは、「近所のおばあちゃん」みたいな存在だ。
 
私が小さかった頃で多分ギリギリ、何もしていない、忙しそうではない、もっと言えば、何をしているのか分からないおばちゃん、おばあちゃんが近所の見えるところにいたように思う。買い物途中の休憩か、無目的な散歩の途中か何なのか、炉端に座り込んで、通りかかった人と話したり、子どもを見ては、「元気がいちばんや」とか言って、目尻の皺を深めているような。
 
そういう何も追いかけていない人、自分の歩きかたや暮らしのペースを知っていて、簡単に世界に左右されない、流されない人、とらわれていない人が、孤独そうな人を見つけると、自ずとぐぐんと距離を縮めて、寄っていけたりする。
「だれかがいる」安心を心にストンと落としてくれたりする。
 
そんな、わたしたちのおばあちゃんは、どこに行ったのか・・・。
物質主義、成果主義社会での価値創造の忙しさのなかで、あるいは、情報化社会の無言の制御に遭って、「わたしたちのおばあちゃん」は、現在は、きっと、おとなしくテレビの前か、施設の中にいる。その社会の哀しさを、わたしはまだ、うまく見つめることができない。
 
 
 
戦後、日本は、驚異的な経済復興を遂げた。
それは、自国で、戦地で、これ以上ないような凄惨さを目の当たりにし、多くの戦死した友人を持ち、国が一体となって掲げていた神なる幻影の消失を経験した男性たちの猛々しい父性によって、一気に国民の生活水準がひっぱりあげられた時代だったと思う。もう夢も幻想も抱けない、目の前で一歩一歩、今日より明日がよくなるように、着実に確かめられる成果を出していくことが、国を豊かにし、家族や地域社会の人々を救済する——戦後の男性たちが担った「する経済」には、国家を背負った気概があったことは、その時代を生きていなくても、足跡から想像に難くない。
わたしたちは、紛れもなくその恩恵を受けてここにいる。
 
ただ、もうひとつ忘れてはならないのは、その男性たちの傍らには、貨幣価値を伴った労働、つまり経済活動をするわけではないけれど、いつも家や地域にいて、「いる恵」をもたらしてくれる、女性たちがいたことだ。
 
一人、また一人と、日の丸を背負って旅立っていく若者を見送り続けてきていた当時の女性たちは、いのちがここにあること、いる、ということのかけがえのなさを、心底知り尽くしていた人たちだったろうと思う。
 
いること、に、心からありがとう、と気持ちを寄せてくれる人がいる、そういう空気が社会にあるのとないのでは、生きて通っていくみちの景色が、ずいぶんと違うだろう。
「プレゼント」という言葉は、いま、いる、出席している、という意味を指すpresenceと同じ語源からの単語と言われている。
pre-esse-entのpreは前もって、esseというのは、ラテン語のbe動詞で、I am(わたしはいる)という意味である。essence (エッセンス、本質)という言葉にも使われる。
つまり、いまここにいる、ということは、それだけで、プレゼント(おくりもの)であり、それは、存在の本質でもある、まるでそんな風に聴こえてくる。
 
「いま」いるということ、目の前に粛然と存在し、同じ現実に立ち会うこと、
悲しみや、喜びや、感情のどれとも説明のつかない逡巡、他愛ない日常の風景に。
同じ時と場を共有し、現実のうちに、互いの存在を現出すること。

それは、なにも、大掛かりなサプライズプレゼントでなくても、日常のなかで、ただ「いる」ということを奨励してくれた私の父のようなふるまいや、前述の、サンタみたいな必死にいまを讃える姿でも、まなざしのある風景をつくってくれるおばあちゃんでも、なんでもいいのだと思う。
いま、生きている。
いのちを 世界に迎えられている。
その鮮烈な輝きや、世界の寛容に抱かれ、わたしたちは、大きな宇宙の環のなかに守られている安息を知る。そして、その環を構成する一部である我がいのちの尊さを思い知る。
その充溢は、人間のなにか根源的な深みまで届いて、魂の器を満たす。
そのときはじめて、わたくし、を世界に差し出す準備ができる。
「交換」の外に出ることができる。



第1話で書いたようなサプライズを受けた人たちが、きまって言うことがある。
「次は、自分もだれかに、この幸せをおくりたい」
 どんな人も、純粋に心が満たされれば、溢れた分を分け与えたい、と自ら願い出るものなのだ。

「わたしはもう充分受け取った」
「この喜びを、わたしもおくりたい」

瞳にたくさんの光を浮かべ、そのように語る様子に、わたしは人の本来の姿を見ているような気がしていた。
そして、人々によってつくられる循環の起点となり得るエネルギーのうずき、暖かくて柔らかい文明の萌芽のようなものを感じていた。
わたしたちは、ある時期まで、何も疑わずに同じ川を流れていく。

けれど、そうして、流れ、流れ、流れていった先に、違う川に出会えることがある。
そこでは、見かける生き物も、浮かぶ船もまるで違う。
そのとき、はじめて、自分が、「ある川」の流れに乗っていたことに気づく。
「ある船」に乗っていたことに気づく。
そして、このまま同じ川を流れるのか、違う川に流れていきたいのか、はたまた、船から降りて泳ぎたいのか、陸にあがっていきたいのか、考えはじめることができる。

わたし、を生きることができる。
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COVER PHOTO BY Rin Takahashi
TEXT BY
兼松 真紀

兼松 真紀

文筆家

広島県出身。京都在住。ゲームデザイナー・シナリオライターを経て、いまは、子育てをしながら、執筆やワークショップなどを行っている。2010年より、サンタのように贈り物を届けたい人を応援し、幸せの循環をおこす「サンタのよめ」をはじめ、現在は、プレゼントを育てて贈る「プレゼント・ガーデン」をつくることを夢見て、庭先の畑と仲間とのコミュニティ農園で自然農の実践と共に、タイニーフォレストガーデン(小さな森庭)づくりをしている。魔法研究家として、主に植物の魔法、ことばの魔法を研究中。

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