藝術2.0、あるいはヒューマン2.0の創造性

熊倉 敬聡さんによる連載
CategoryThoughts
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これまでの資本主義文明が決定的な限界を迎えつつある今、人類は文明史的岐路に立たされています。資本主義の狂奔とともに自滅していくか、それとも“もう一つの”文明、つまりガイア=地球とともに生の豊かさを謳歌する新しい文明を創造できるか。人類の命運はそこに賭けられています。
そのような文明史的状況にあって、人類の創造性も大きな変容を遂げようとしています。西欧近代で、資本主義の鬼子のように生まれたArtは、今や資本主義の狂奔に伴走するかのように、自らも狂騒しながら死の舞踏を繰り広げています。他方で、Artの華美の陰で密やかに営まれていた(伝統)工芸も、(少なくともわが国では)しめやかに衰微の道を辿っています。
Artの終焉と工芸の衰滅。人類の創造性は、このまま枯渇してしまうのでしょうか。いや、そんなことはありません。人類は今、Artでも工芸でもない、新たな創造的営みに目覚めつつあるのです。その営みを、私たちはとりあえず「藝術2.0」と名づけることにしました。

なぜ、あえて「藝」という古字を用いるのでしょう。「藝」という字は、元々語源的に苗木を土に植えるという意味でした。その語義を用いて、明治時代、西周はMechanical Artに「技術」という訳語を当てるとともに、Liberal Artに「藝術」という訳語を発明したのでした。ところが、第二次世界大戦後、時の政府の「当用漢字」政策により、それが「芸」という字に置き換えられたのですが、後者は語源的には「草を刈る」という逆の意味だったのです。そこで、私たちは、今回、人類が新たな創造性をガイアに「植える」にあたり、あえて古字を用いて「藝術2.0」と表現することにしました。

ところで、Artとはいったい何でしょう。それは決して人類に普遍的なものではありません。西欧近代という特定の時代・地域で作りだされたものなのです。18世紀末から19世紀初めにかけて産声をあげたArtは、19世紀を通じ、(少し難しい言葉ですが)自己言及的(autoreferential)な営みとして自らを追求していきます。たとえば絵画を例にとれば、画面の「外」にある何か(神話的場面や自然の風景)を、画面上に再現=表象する(represent)「他動詞」的行為から、描く行為がその行為自体を絶えず問い直し探究していくような「自動詞」的行為へと自らを追い求めていくのです。Artは、その「外部」にあるものに依拠することをやめ、「芸術のための芸術」として自律化していきます。
そんな自律的で自己言及的なものとしてのArtに、20世紀初め、密かにその本質そのものを破壊する時限爆弾を仕組んだ者がいました。マルセル・デュシャンです。彼の有名な「レディメイド」(既製品)の一つ『泉』は、便器という、「美」の対極にあるものを、Artの只中に持ち込むことによって、Artの本質を否定するとともに、そのArtを否定する行為自体を一つの作品にしてしまうという、甚だ逆説的なパフォーマンスでした。以降、Art(を否定するArt=Anti-Art)は、Artでないもの=「外部」をいかにArtたらしめるかという、自家撞着的な行為を、あの手この手を使って反復し続けたのでした。しかし、こうした逆説的な(Anti-)Artも、20世紀末、決定的な終焉を迎えます。もちろん未だに「アート作品」は作られ続けているように見えますが、それらは実はもはや(Anti-)Artの亡霊、ゾンビにすぎないのです。
(このArtの誕生から終焉に到るまでの経緯は、こんなに単純化して語ってしまうと誤解を招きかねないこともあり、今後、この連載で詳述していきたいと思います。)
そして、工芸。わが国では、明治初期、ヨーロッパのArtを「藝術」として移植=翻訳する過程で、その継弟のように自覚化され概念化されていった「工芸」ですが、それは、美の殿堂に君臨する「藝術」とはかけ離れた、木や紙でできた庶民の生活空間を地味に彩り続けたのでした。あるいは、茶道などと結びつき、日常を非日常化する美の作法を形作っていたのでした。しかし、そんな工芸も、1984年に生産のピーク(総生産額5,000億円強)を迎えて以降、減衰の一途を辿り、2013年時点では5分の1にまで落ち込んでいます。お膝元の京都でも、例えば西陣機業は、1990年に約2,800億円という総出荷額のピークを記録したのち、著しく衰退していき、2011年の時点では、その約15%(約350億円)にまで減退しています

(財)伝統的工芸品産業振興協会「伝統工芸産業概要統計」

第20次西陣機業調査委員会「西陣機業調査の概要」

Artの終焉と工芸の衰退—藝術2.0は、それらに深く根ざしつつも、それらをいったん初期化し、“もう一つの”創造、人類にとって未知なる創造へと挑んでいきます。その“もう一つの”創造への挑みを、一人の藝術家2.0の仕事と思想を参照しながら見ていきましょう。
中川周士。「中川木工芸三代目桶職人」と、これまでの「工芸」の世界ではきっと紹介されることでしょう。しかし彼は、父であり人間国宝である二代目の下で、約10年間、月から金の朝8時から夜11時までは桶作り、土日は大学時代から続けていた鉄の彫刻作りを行っていました。まさに工芸とArtの二足のわらじ。転機は、2012年。ドン・ペリニョンからシャンパン・クーラーを作ってくれとオーダーされるのです。そして中川は、それまでの桶作りの伝統ではおそらくご法度であるはずの、尖った先端をもつ楕円の桶=クーラーを作り出すのです。
そこから、中川の藝術2.0の冒険が始まります。その冒険の核になる思想=所作こそ、「あつらえ」です。どういうことでしょうか。中川はそれを「型」から説きます。「型」とは、彼によれば、桶や皿などの「外型」にあるのではなく、木の「扱い方」にあると言います。中川が体得した「型」が、目前の木—木としての「理(ことわり)」をもちながらも、一本一本違うその木の特異性を見究め、「扱い」を微妙に変奏していく、それがまず素材への「あつらえ」です。そして他方で、もう一つの(本来の?)「あつらえ」、客への「あつらえ」があります。「型」は、客—人としての「理」をもちながらもやはり特異な客—の要望や好みに応じて自らを「あつらえる」のです。といっても、おそらく伝統的な「あつらえ」の幅は、非常に限定的だったことでしょう。ところが、中川の「あつらえ」の振れ幅は、その伝統からみれば非常識なほどに広く、挑戦的なのです。彼によれば、生物学的に例えれば「絶滅危惧種」とも言える桶の「突然変異体」を、同時代の環境変化(=木や客の変化)に応じて「あつらえ」、数多く作り出していく。その中の一個でも末長く生き長らえればいい、と彼は言うのです。異業種の、多様なクライアント、アーチスト、デザイナーとコラボレーションしながら、そして、今までは木目の歪みや節のせいで廃棄される運命にあった異形なる木片を扱いながら、中川の「型」は、絶えず臨機応変に自らを「あつらえ」、イノベートし続けるのです。

通常、「あつらえ」という語は、客が職人に注文して作らせることを言いますが、中川はインタビューで、むしろ逆に職人の視点から、職人が客の要望に応えるように作ることと捉えています。筆者は(以下で論じるように)、それをさらに拡大解釈して、作り手が、客のみならず、扱う素材の「要望」にまで応えて作ることと転義して使いたいと思います。

さらに、中川の藝術2.0の冒険は、モノづくりを超えて、彼の暮らす地域の、ローカルなビジネスづくり、コミュニティづくりにまで及びます。彼は、桶づくりのような作業は、元々、桶職人という「プロ」の仕事ではなく、農民の農閑期の作業だったのではないかと考えます。彼は、最近、地元の地域ビジネスを考える会を多様な職種の人たちと開きながら、活動の第一弾として体験型マルシェを月一回開催しています。そこでは、彼のような「プロ」の職人が指導しながらも、プロではない老若男女が自分で自分のために木のスプーンやコースターを作っています。中川は、究極の「あつらえ」の一つは、自分が自分のために「あつらえる」ことだと言います。こうして、古の農民が農閑期にしたように、人々が自分や家族や友人のために、様々なものを「あつらえ」ていく。「百姓」になっていく。そして、それらを贈りあう。あるいは、マルシェでやり取りする。こうして「あつらえ」あうローカルなコミュニティが生まれてくるのではないでしょうか。
ところで今回、インタビューしたPLAY ONな人たちのふるまい・思想にはいくつかの共通点があります。その一つが、創造の原点への回帰です。アーチストとして鍛錬した者であれ、職人として修業した者であれ、藝術家2.0は、その学習・プログラムをいったん初期化し、人間にとってそもそも「つくる」とは何か、から再出発しています。そうして例えば、小山田徹は、おそらく人類とともに古い「焚き火」から場づくりを再創造しようとします。また、天江大陸は、日本人の体の使い方の根源を知るため「米作り」まで行い、そこから茶道を再起動しようとします。藝術2.0は、単なる懐古趣味ではありません。それは、「藝術」と「工芸」が分かたれる手前で、そもそも日本人にとって、さらには人間にとって「つくる」とは何だったか、すなわちいわば「藝術0.0」にまで初期化しつつ、これからの創造性を再起動する実践であり思想なのです。
その初期化しつつ再起動する藝術2.0は、Artと工芸のあわいから出発して、人類の中に、創造性の“もう一つの”地平・次元を開いていくことでしょう。 ヨーロッパのArtは、自我の特異な精神性を探求し、それを一回一回特異化し続ける作品に仮託しながら、宇宙を創造し司っている唯一で超越的な神(あるいはその不在)へと合一・忘我しようと企てたのでした。他方、日本の工芸は、自らが「扱う」自然素材に住まう「かみ」に自らを「あつらえ」ながら、すなわち我としては己を空しくし、「かみ」に祈りながら、自らの「型」を究めていったのでした。
藝術家2.0が作り出す品々、事々も、一見、これまでのArtや工芸に見まごうかもしれません。Artのように「特異」に見え、工芸のように「型」にはまって見えるかもしれません。しかし、藝術2.0の特異性は、中川の例に見たように、「型」そのものから生まれてくるのです。「型」が、天然素材の理/特異性と、客人のそれとに己を滅して「あつらえる」ことで、「型」そのものが自ずから精妙に特異化する。しかも、伝統的には捨て去っていた木の歪みや節、決して組まなかったクライアント、アーチスト、家電メーカーに至るまでの「環境変動」にまで自らを「あつらえて」、「突然変異体」を作っていく。さらには、そうして「あつらえる」人が、単に「プロ」だけでなく、その人に手ほどきを受けながら、老若男女が自分で自分のため家族のため友人のため隣人のために「あつらえて」いく。そして、各々が「あつらえた」品々—桶を器を野菜を惣菜を菓子を茶を、あるいは曲を劇を祭りを知恵までも贈りあっていく。そんなコミュニティこそ、藝術2.0が作りだすコミュニティではないでしょうか。
最近知りあった能楽師(といっても甚だ「ぶっとんだ」方なのですが)の安田登さんが、『論語』で孔子が説く「仁」の不可思議について書いています。「仁」とは、畢竟「その人自身が神に至る人」、「ヒューマン2.0」ではないかと論じています。藝術2.0こそ、もしかすると「ヒューマン2.0」が繰り広げる新たな創造性なのかもしれません。

安田登『あわいの時代の『論語』—ヒューマン2.0』、春秋社、2017、215頁。

TEXT BY
熊倉 敬聡

熊倉 敬聡

文化実践家 / Ours lab. 研究員

1959年新潟県生まれ。元慶應義塾大学・京都造形芸術大学教授。フランス文学・思想、特にステファヌ・マラルメの貨幣思想を研究後、コンテンポラリー・アートやダンスに関する研究・実践等を行う。大学を地域・社会へと開く新しい学び場「三田の家」、社会変革の“道場”こと「Impact Hub Kyoto」などの立ち上げ・運営に携わる。主な著作に『瞑想とギフトエコノミー』、『汎瞑想』、『美学特殊C』、『脱芸術/脱資本主義論』などがある。http://ourslab.wixsite.com/ours

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